マツダの歴史に欠かせないアメリカチューニンショップ「レーシングビート」を振り返る

 
アメリカでロータリーエンジンチューニングといえば『レーシングビート』というほど世界的にも有名なチューニングショップの歴史から歴代モデルまでも振り返っていきます。日本でもSA22CやFC3Sでのボンネビル・最高速トライアルを行ったことで大きな話題になりました。

レーシングビートの歴史

レーシングビートの歴史はRX-2”カペラロータリークーペ”と共に始まります。レーシングビートの創業者であるタカユキ・オク氏とジム・メデラーの2人はこのマシーンを仕立て上げるとIMSAレーシングストック・クラスへと送り出します。

レーシングビート

その後もIMSA GTOクラスやIMSA GTUクラスには長年、RX-7ベースのマシーンで参戦するなど、ロータリーエンジンのパフォーマンスを周知させる事に大きな貢献を果たしました。
こちらの動画では彼らのレース参戦の歴史が紹介されています。

ボンネビル・最高速トライアル

レーシングビート

そして彼らを一躍有名にしたのがボンネビル・最高速トライアルです。1978年にSA22Cで挑戦すると305km/hを達成、そして1986年にはFC3Sベースのマシーンで挑戦すると往路では374.6km/h、復路では392.9km/hを達成しました。
この時のエンジンはツインターボ化された13Bで、それに氷水で強制冷却するインタークーラーを組み合わせています。その出力は530馬力と、2ローターエンジンとしては今日でも一級品の仕上がりです。

1992年には記録更新を狙って760馬力を発揮する3ローターエンジンを搭載したFD3Sで挑戦しますが、この際はアタック中のアクシデントにより360km/hに達したところでスピンを起こし、最終的に浮き上がってルーフから着地しましたが、ドライバーのジムに怪我が無かったのは幸いです。

レーシングビート

その後、彼らの挑戦は休止していますが達成した記録は今でも燦然と輝いています。そしてまたマツダと共同でRX-8用のアフターマーケットパーツもリリースするなど、ロータリーシーンに着実な実績を残し続けています。
湾岸ミッドナイトに登場した吉井氏がアメリカに渡った際に所属した「LAロータリー」の名を聞いた際は、レーシングビートがそのモデルでは!?と思い出したりもしました。

記事参照元:ROAD & TRACK

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