公道走行も可能なワンメイクレースカー ジャガー XJR-15

日産R390開発の際にはベース車両にも選ばれたジャガー XJR-15、この車の誕生を振り返ってみたいと思います。
ジャガー XJR-15

ワンメイクレース参戦マシンとして生産されたXJR-15

ジャガー XJR-15車内
XJR-15は1990年から92年の間に53台が製作されました。
ワンメイクレースである、ジャガー・インターナショナル・チャレンジへの参戦マシーンとして製作されますが、公道走行も可能な装備を備えていました。
販売価格は米ドルで960,000ドル、現在のレートでも1億円と高価です。

ジャガー XJR-15横
基本的なメカニカルパーツを、WSPCやル・マン24時間レースへの参戦マシーンであったジャガー・XJR-9から流用している点でもその素性がうかがい知れるものです。デザイナーはXJR-9と同じくトニー・サウスゲート、スタイリングデザインは後にマクラーレン・F1開発のチーフデザイナーを務めるピーター・スティーブンスが担当しています。

目指していたのは伝説的なマシーン

開発にあたってはまずXJR-9をベースに、ロードカーとして必要なキャビンスペースを確保しています。結果、室内幅を75mm、室内高を40mm拡大しました。その後、実寸モデルの製作が開始され、それは1989年秋には完成しました。

ジャガー XJR-15エンジン
トム・ウォーキンショーはもともとこの車をロードゴーイングレーサーに仕上げるつもりで開発を始めています。それも、フォード・GT40やフェラーリ・250 GTOのような伝説的なマシーンにしたかったようです。
エンジンはV型12気筒6リッターエンジンが搭載されましたが、少数が生産されたXJR-15LMにはXJR-9用をベースに開発された7.4リッターエンジンが搭載されており、このモデルでは出力が710馬力(仏馬力)に向上しています。

同モノコックを最初に採用したのがXJR-15

XJR-15 LMは合計5台が製作され、うち3台はダークグリーン、残り2台がホワイトとブルーのボディーカラーとされました。この5台は全て日本に業者に売却されたという情報もあります。

ジャガー XJR-15
この車はカーボン・ケブラー製のモノコックを採用しています。今では同様のモノコックを持つ車も複数登場していますが、それを最初に採用したのはXJR-15です。
ワンメイクレースは結果的に3戦のみが実施され、モナコ、シルバーストン、スパ・フランコルシャンにて開催されました。ドライバーとしてはボブ・ウォーレックやジョン・ニールセン、ファンジオ2世やデレック・ワーウィック、ティフ・ニーデルなどの豪華メンバーによって争われ、まさにBMW M1を使って開催されたプロカー・レースを彷彿とさせる内容です。

ジャガー XJR-15
モーターサイクルの世界では久しぶりに、ホンダがMotoGPレーサーに保安部品だけを装着したようなRC213V-Sを2,190万円で市販しましたが、車の世界ではこのようなロードゴーイングレーサーの系譜は途絶えつつあります。
もっとも、現代のレーシングカーは高度なメカニズムのハイブリッドシステムなどを搭載していますので、ロードバージョンを製作するのも以前と比べて容易ではないのでしょう。

画像引用元:ROAD & TRACK

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